産休中のMaki先生から、メールが届きました

産休中のMaki先生から、メールが届きました。

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K YOGAを離れて、もうすぐ1年が経とうとしています。どうりで寂しいと思いました(笑)
みなさんの元気な、お顔をまた見たいです。

さて、レッスン時代から力を入れてお伝えしてきた呼吸のこと。
今、育児でもその重要さを感じています。
私にとっても、赤ちゃんにとっても。

赤ちゃんはまだ腹式呼吸しかできず、大人の倍以上の速さで呼吸をしているそうです。
泣いている時あんなに大きな声が出るのは、ハラから声を出してたんですね〜さすが(笑)

赤ちゃんは毎日が初めて出会うことの連続で、常に興奮状態。気持ちのコントロールもできず、グズグズしたり。呼吸が荒くなってることが多いです。
そんな時、私が呼吸を合わせるように大きく深呼吸をすると、少しずつ落ち着いていくのです!お腹の中にいる時から聞いていた音だからでしょうか。遊んでいる時も同じで、呼吸の音に耳を傾けてくれる事もしばしば。

『呼吸を合わせる』
大事ですね
呼吸してるんだよ〜と、たくさん伝えていこうと思っています。

そんな私の最近の子守唄は、
ウジャイ呼吸です。
自分の練習と寝かしつけ、一石二鳥ですね(笑)

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ヨガからは離れてしまったけど、
こういう事を忘れない生活していきたいなーと思ってます!

今日も寒いですね。やっと冬本番みたいです。
風邪などひかれないように、
みなさん、お仕事頑張って下さい!

Maki

今流行りのカフェ

今日も表参道カフェネタ。ブームは落ち着いても、普通においしいものを食べるのは、うれしいです。土日なら、昼から少し飲んじゃったりもして。(←ヨガスタジオのブログ、一応)

先日、カフェ好きの知人が、「猫カフェとか、文房具カフェ(表参道にもあって、スタジオからすぐです)とか、最近いろんなのあるでしょ」と。で、次に行きたいのが、袋カフェだそうで。

なるほど・・

fukuro

巨大な袋に入ってお茶を飲むカフェ。よく考えると、猫とかって袋や箱に入りたがるでしょ。やっぱりリラックスして落ち着くのかも、暗くて狭い場所は。スカアサナ(足を組んで座るポーズ)でまったり、チャイルドポーズみたいにうずくまって、ずずずずずって、お茶をすする。歩き回る店員さんやお客さんの足元しか見えなくて、犬や猫は普段こんな風に人のことを見てるんだ、なんて。

退屈して、あおむけにひっくり返る。足を伸ばして袋を蹴ったら、あ、袋に穴開いた・・。店員さん、ごめんなさい。

お一人様用、ペア用、家族用で袋の大きさも違うのか・・。ひきこもりたいときは、頭を中に入れて、お尻を外に出しておけば、店の人もそっとしておいてくれる。結構いいかも・・・。

知人の、その後の話に全く付いていっていない私。ふと聞こえたのは、彼女の「目が猫っぽいから、フクロウは案外かわいいみたい」というセリフ。

フクロウカフェ?袋カフェじゃないの?

耳の問題というより、妄想癖。しかも、↑は、これを書いている間にも、「3割増量キャンペーン中!」みたいになったし。

ふくろ・・まで聞いたら、もう「袋」に変換されているのがスゴイ。耳は何でも聞きたいことを聞き、目は何でも見たいものを見る。きちんと見て、きちんと聞くための練習がヨガなんだけど、実践はなかなか。

袋カフェの妄想で、まだよかった。

 

54回は54回の意味がある。サンサルテーション練習会

続、サンサルテーション練習会レポート。

108回の話を聞いた後には、佇まいも少し美しくなった気がして、「さあ、始めます」と言われると、高邁な目標に向かうときのように思えました。そのときは。

パワーヨガとしての呼吸法や、疲れた時の軽減ポーズも教わり、がっつり「108回を制覇する!」ではなく、「54回だから、いつもはおろそかにしがちな呼吸を丁寧にしよう。疲れたら無理しないで休もう。」こんな風に思って、始めると・・・。

無理しないはずが、頭から飛ばすわけで。チャトランガはお腹を落とさない、しっかり腕90度のつもり。アップドッグも足の指でマットをぎゅっと押して・・・。こうやって動いていると。

すぐに汗だく。

「はい、10回終わりました」と、先生の声が聞こえた時、思ったのは。

「後44回・・・。」

あ、お腹に力が入らなくなってきた。脇が開いてきた・・・。首が縮んできた。何故かわかる、自分のポーズが。ペースがさほど速くない上、動きのパターンが同じということもあって。

で、次は直そうと思うんだけど、そのときが来たら、自分の体重に引きずられるまま、お腹が垂れてる。腕が疲れて120度くらいで動かない。

「チャイルドポーズで休んでいいんですよ。」という声が聞こえても、「自分ベストを目指すんだ」という謎の声が聞こえてきて、意地を張る。周りを見回して、頑張っている人がいると、また頑張る。

ハーフマラソンは、スピード勝負だから、フルよりつらいという話をよく聞きます。そんな感じかも。「半分終わりました」という声が聞こえるまで、長かった・・・。そして、聞こえた後が、また長い長い。

その頃には、何回かは、チャトランガではなく、お腹を床にぺたっと下ろしたり、「今回はコブラで」なんて、少し諦めに入ってくる。

「あーコブラになっちゃった、悔しい」なんて思ったのも、最初のうちだけ。悔しいと思う余裕もなくなって、諦めるという気持ちもなくなる。疲れたら自然に簡単なポーズに入るようになるまで、何回も失敗する。やはり、諦めるときって、すっぱりは諦められず、じわじわ喪失感に浸って、最後に諦めのときがやってくる。

簡単ポーズすら、だんだんきれいに取れなくなってきて、でも直せない。「今度こそ」と思っても上手くできず、しばらくじたばたしてから、「とりあえず続けることに意義があるんだ」と方向転換。これが二度目の諦め。一回目で学んだことを、何も学習していないのが哀しい。

スタジオの窓は熱気でどんどん曇る。ダウンドッグから、アルダウッターナアサナ(半分の前屈)で頭を上げる都度、窓がさっきより白く曇っているのにびっくりする。

「今何回?40回くらい?カウントのブレークはないの?」と何度も思いつつ、「後、4回です」と聞こえた時のチャージ感といったら。一気にやる気が戻ってくる。腕や足は疲れてるんだけど、ラストスパートで頑張る。周りもみな同じみたいで、スタジオの緊張感がぐっと上がった気がする。

・・・終わりました。

拍手でレッスンが終わった後、しばし呆然。回数は54回だけど、短い分すごく考えてた。ポーズのことや、自分との折り合いの付け方。着替える前に、すぐに消化しないと、頭の中から消えそうで、一生懸命思いだそうともした。だけど、大半は既に消え去ってた。

54回のサンサルテーション、108回のときとは、また違う、濃い時間でした。Mizue先生が書いてくれた「?祝」が、素朴にうれしい。

参加して下さった皆さん、ありがとうございました&お疲れさまでした!

 

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6x3x2x3=?

今日は「サンサルテーション練習会」、年末の「108回のサンサルテーション」に備えて、太陽礼拝を54回練習しました。

練習する前に、108回の意味も教わりました。色々考え方はあるけれども、Mizue先生は、こんな風に説明してくれました。

「見る、聞く、味わう、嗅ぐ、触る、心で感じる」の6つの感覚には、「いい、悪い、どちらでもない」の3つの状態があり、さらに「清らかなもの、汚れているもの」の2つに分けられる。そして、それらには過去、現在、未来の3つの時制がある。

すると、

6x3x2x3=108。

あなたや私が、毎日感じとることは、こんな風に108種類。

108もあるんだ?

108しかないの?

さて、あなたは?

面白いのは、よいことも悪いことも、きれいなものも汚れたものも、みな同じく1として数えて、108を構成すること。起きたことと、それに伴う感情には区別がない、みんな1。そう思うと、不運な時も、少しだけ救われる気がする。何か起きて感じることは、1/108をくぐり抜けた、選りすぐられた感情なのだから。

108回サンサルテーションをする意味は、捨てるべきものを捨てるのではなく、自分の持つ沢山の気持ちに向き合い、どれに対してもきちんと目を向けることかもしれない。

そして、あなたと私が、同じことに対して感じることの組み合わせは、

108×108=11664。

そりゃあ、人と意見が異なるのは当然。というか、同じだったら、むしろ奇跡。

「どうしてわかってくれないの?」と相手に要求するのが、どれだけ無理難題か。絶えず波に洗われる砂浜が、ひとときたりとも同じ姿を見せないのと同じ。

だから毎日は面白くて、誰もがみな面白いんだろう。

今日の54回の太陽礼拝の練習会、どんな様子だったかは、また次回。

探してたものは、目の前にありました

ヨガのポーズを取るときは、無理して伸ばしてないか、縮んでいるところがないか、呼吸はちゃんとできているか・・、確認することがたくさんある。しかも、ほんの数秒のうちに。それを「見る」という言葉で表現するけれど、それは「見て感じ取る」という意味。

こうやって練習を続けていると、見てから感じ取るまでのスピードが速くなる。見えたけど感情が動くのに時間がかかり、その前に次のことが目に入る。こんな風だったのが、見えるとすぐ疑問が湧いたり、納得したり、うれしくなったりする。その過程は反射神経のトレーニングと同じで、練習して身に付く。

意識的に見るときはもちろん、無意識に見えてしまったときも同じ。何かをピックアップする。自分では気付かなくても、周りがびっくりするくらい、何かを捉えているみたい。眼鏡の度数を変えたら、驚くほど、よく見えるようになった、こんな感じ。「あぁ、こんなところに、シミがあったんだ・・」なんて、見たくないものも見えたりするけど。

見えないより見えたほうがいいのかは、わからない。でも、見たくないものを見てしまったら、「さらっと受け流せばいいんです」とは、どの先生たちも言っているし。

何より、見たいものに出会う確率は高くなる。「探してたものは、目の前にありました」、こんなことが、今夜、あなたや私にも起きるのかも。

*写真は、スタジオのビルの裏側、アフタヌーンティーの通りにある、「アースカフェ表参道」のカフェラテ。一人一人違う絵を描いてくれるので、隣の人と見比べて、微妙な勝った負けた感も。だけど、結局自分の目の間にあるカフェラテが一番おいしい気がする。

 

産卵を終えた鮭たち・・

前回の「産卵を終えた鮭のブルース」の続きです。

メンズヨガで、カエルのポーズを練習したのが始まり。

四つばいから、平泳ぎみたいに足を左右に開いていき、お腹を床に近づける。膝と足首は直角に曲げる。股関節の稼働域を広げて、足を動かしやすくするポーズです。上半身はリラックスして、おでこをマットにつけて休んでもOK。

この間の陰ヨガイベントでも、カエルのポーズを練習しましたが、こちらはキープする時間が長いので、ボルスターを使って体への負担を極力減らします。

パワーヨガバージョンは、もう少しキビシイ。(「少しじゃないだろっ(怒)」という声が聞こえる気がする)その魂の叫びが、前回のブログなのです。

「無理しないでねー」と、確かMizue先生が言ってたような気がするけど、重力がかかるまま、足は開く一方。いててっ。お尻がいいおもりになってるー。

自分がちょうどいいところで、留まっていればいいんだけど。留まっていられるようなら、こういう話になっていません。顎が床に届いたので、ほっと一息。少しじっとしていると、大分なじんできます。

そして、予想外に大変なのが、戻るとき。自分ベストで開ききった足は、閉じようにも動かないのです。腹筋で引き上げて少しずつ戻します。戻ったら、ひっくり返ったり、横向き寝したり・・。

そこまでやっちゃだめでしょ。

その後、みんなでご飯を食べに行き、カエルのポーズの話になって、

「終わったら産卵を終えた鮭みたいになった」

「ポーズを取ってる間は、産卵中?」

「うちの隣の犬はできる」

「おれたちは、犬以下か?」

「産卵後の鮭は、『ほっちゃれ』と呼ばれ、熊も食わない」

トークがステキすぎる。Mizue先生のレッスンの流れのまま、笑いすぎた「産卵を終えた鮭の集い」。最後は締めは、鮭のおにぎり。おいしかったな。

オリコン急上昇中?!「産卵を終えた鮭のブルース」

産卵を終えた鮭のブルース

 

痛みから解放されるときに、
全てをなくすのか、手に入れるのか

ここまできた今日に、
これほど身体をこわばらせ、苦痛にあえぐなら、
その最後に、ほんの一瞬、
至高のひとときがあっても悪くないはずだ

産卵を終え、川底に沈んでいく鮭は、
次の命に代わって再び生きる
こんな話には、もう頷けないほど、
僕は、沢山の痛みを味わい、
掴んでいたものから手を離してきた

でも、それは、ごく普通のありきたりなことで
痛みがゆっくりひいていく中、
少し大きく呼吸する
次の痛みが、またやって来るのを、
待つ準備を始める

もう動かなくなった鮭は
水しぶきに飲まれて、どこかに行く
何も持たない僕は
街に飲まれて、どこかに行く

作詞:K YOGA
作曲:募集中
唄:募集中

*オリコンチャート急上昇中!(なんちゃって)

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股関節の稼働域を広げるカエルのポーズ。で、産卵を終えた鮭って何なんだ?川で取って食われる仲間か?卵繋がり?ブルースって何だ?そりゃ、疑問に思うのも当然です。実はこれ、突然、メンズヨガで流行ってしまったのです。そこで、えげつなく流行に便乗してみました。

まだようわからん・・という人、答えは次回!

 

ちょっとチクッとします〜

「ちょっとチクッとしますー」

って、健康診断の採血で、看護婦さんに言われませんか?あれが個人的にキライで。

「いーから、さくっとやって!」

と思っちゃう。どっちにしたって、それほど痛いわけじゃないし。←個人の感想です(笑)

言われると、かえって構える。そして、たいして痛くもないものに、全神経を集中するから、今度こそ痛い気がする。いつもそうなので、看護婦さんたちは、そう言うように指導されているものと思っていました。

かといって、忙しい看護婦さんに、「さくっと」と言っても、うっとうしいだろうなあ。

先日、健康診断に行きました。看護婦さんが採血の前に消毒をする間、言おうか言うまいか考えていたら、

おおっ、看護婦さん、無言でスッと針を刺してる。そこで、血を抜かれつつ聞いてみました。

「よく、『チクッとします』って言うでしょう?でも、今日は言われなかったので、気楽でよかった。アレ、言われるの苦手で。」

すると、看護婦さんが、

「私も、ああいう風に言うのイヤなんです。子どもならいいけど、大人にはね。リラックスのためというけど、痛いのはわかってるじゃないですか。私が言われても、反対に緊張しちゃう。自分がイヤだから言わないんです。」

「学校で、そう習うんじゃないんですか?」

「違います。そう教える先生もいるかもしれないけど、決まりはないんです。」

長年の謎が解明した上に、雑談までして、「初めての楽しい採血」でした。

もちろん、「チクッとします」と言うのにも、ちゃんと理由があるはず。それもまた患者さんを気遣う理由だろうと思います。そして、言われた方がいい、言われたくないも、人それぞれなんでしょう。ほんの小さいことだけど、答えがないことが分かったという感じです。

あ??、答えがどこにもないことなんて、どこにだってあるじゃないですか?こんな身も蓋もないこと言うと、「ほんと、ヨガやってる?」なんて言われるのが少し痛いんですけどね。

お香のにおいから、煎りたてのコーヒーへ

台湾の友達と、1年ぶりに再開。決まった行く先もなく遊びに出かけて、何の気なしに立ち寄ったのが、清澄白河の深川不動。

ちょうどその日は、木造の不動尊に手で触っていい日でした。沢山の人が行列する中に混じって、彼女と私もお不動様の手や膝をなでて、お祈りしました。

お香の匂いがこもった境内は、空気が濃く重い。数知れない人の願い事が凝縮し、重なり、溶け出しているような。

そんな空気が浸透圧で皮膚から浸みこみ、口も重くなり動きも鈍くなり、お祈りしかしたくなくなる。ゆっくりしか動かない列の中で、何度も祈ると、最後には何をお願いしたいのかも、もうぼんやりとしてきて、両手を合わせるだけ

最初は、試験に受かりたいとか、家族の病気が早く治るようにとか、一心不乱にお祈りをする。そのうちに、つどつどお祈りを繰り返すのが面倒とか、同じことを何度も言うのはしつこいとか、頭の中はぐるぐるし始める。だけど、最後には、あなたも私もみんなにいいことがありますように・・このくらい、輪郭がぼやけてきて、アバウトになる。

そういえば、Naomi先生のハタヨガの最後の数分は、メディテーションをします。それに似ている。先生が声をかけるころには、沢山あった雑念は、依然そこにあるのだけど、影が薄くなっているのです。

さて、写真は、件の友達と行った清澄白河のブルーボトルコーヒーで。今日のブレンドとクッキー半分。友達と分けました。ジンジャーフレーバーのクッキーは、少しねっとりした感じ。ワッフルも食べたけど、こっちのほうが、コーヒーと喧嘩しない味でおいしいです。

お香のにおいから、煎りたてのコーヒーへとひとっ飛び。このくらいが2015年に生きている人間の限界かもしれない。

ブルーボトルコーヒーは、表参道にもあり、こちらはちょっと広めです。

これ読んで、よくないよね・・と思う人は正しい

冬に気が滅入るのは、日照時間に関係するといわれ、ちゃんとした(?)病気です。だけど、オトナの疲れやゆううつは、それだけじゃない。というより、普段から疲れてるのが、冬になると増長される感じ。

なぜ?

単純に、年末に向けて忙しいのです。働く日数が少ないんだから、至極当然。

毎年だけど、もっと早くやっておけばよかった・・という案件に、11月になってから取りかかる。取引先や他の部署も同じだから、相互に仕事が増える。年内や年明け早々に出さないといけない書類も山積み。

むしろ、年末年始の休みが恨めしい。「休日出勤でもいいから、働かせてください・・m(_ _)m」と、上司に言ってみるけど、「そこまで大変?休むときは休まなきゃ。できないものはしょうがない。できるとこまででいいから。」という返答。

「残業代が増えることしか心配しないのかーー」と激怒する時間も、もったいないので、全然美しくない言葉で、あれこれ罵しりながらも働く。不思議なのは、一旦罵しりだすと、際限なく罵しれるんだなあ、これが。

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今年の仕事やノルマが一段落した人は、あっけなくのんびりモードに入ってるので、殺気立った気配があるところには近寄らないし。たまーに、別の部の人が「お歳暮来たから、おすそわけ」なんて、デパ地下のバームクーヘンとか持ってきてくれると、涙が出そうになる。これこそが、お歳暮のあるべき姿だと思う。

だけど、「お互いさま」という素晴らしい言葉がある日本では、何となく調整し仕事が終わる仕組み。残るのは、12月28日に燃え尽きた自分だったりする。

ここまで読んで、3回以上頷いた人は、この先2カ月、家でもスタジオでも、ヨガをやる暇ないかもしれない。

もし、そうだとしたら、体も可哀そうなので、写真のリラクゼーションポーズくらいはやってみてください。壁がなければ、手足を上に上げるだけでも。火曜の朝ヨガ担当のKazuyo先生が、疲れた時にするポーズだとか。