近いほど、話はよく聞こえる

11月23日のもう一つのイベント、Mizue先生の「呼吸を深める」。

参加された方やスタッフ役をされたYuko先生によると、普段しない、面白いワークが多かったのだとか。

「分かっていたはずのことが、分かっていたつもりだったことがわかった・・。」とは、Yuko先生の話。「途中で気持ちよくなって、眠くなってきた」という人もいて、本当に心地よいレッスンだったみたいです。

そこで練習した、二人一組で背中合わせに座って呼吸をし、背中で相手の呼吸を観察すること。後で、写真を見せてもらうと、背中をぴったり合わせて座って、目を閉じたり、一点を見つめながら、相手の呼吸を観察している皆さんの姿が映っていました。きっと静かな時間だったのだろう、と思いました。

背中が密着している分、相手の呼吸を感じ取りやすいのだとか。レッスンに参加した人に聞くと、イコール自分の呼吸もわかるみたいです。

この練習は、簡単なようだけど、ものすごく深くないですか?背中をくっつけて、呼吸を聞き、聞かせる、この練習は違うところでも役に立つはず。
例えばブログ記事の作成みたいなことにね。

「この人、絶対こんなこと考えている。そんなの、すぐにわかる。」こんな風に思うとき。だけど、そうでないことは多々ある。後になって、「え?そんなこと?言ってくれないとわからないよ」と、自分サイドは、びっくりすることないですか?相手は、「そこまで言わないとわからないの?」と苦々しく思っていたりする。

同じように、「そんなこと言ってないんだけど?」と自分の言葉が、まったく違う解釈であちこちを飛び回って、収拾できなくなることも。

相手のことは、あなたのことじゃない。簡単にわかるわけはない。同様に、あなたのことを人が分かるわけもない。そうやってコミュニケーションがぐちゃぐちゃになっていくこと、ありませんか?

そんなとき、聞く、聞かせる。できるだけ近くで。そんなプロセスがあったら、違うことになる気がします。聞くだけでは何も解決しないけど、解決しないでもいい。今、必要なのは解決じゃないから。

近いほど、話はよく聞こえる。当然じゃないですか?

メールや電話が、コミュニケーションを却って、こじらせた気がするけど、それだって言いわけで、会って聞けばいいだけ。そんなときに、呼吸のレッスンでやったことを、思い出せたらいいですよね。

沢山の方に参加していただいた、Mizue先生の呼吸のレッスン。第2弾もという声も多く、また企画できるように準備します。写真でも、ヴィンヤサ系のクラスとはまた違う、落ち着いた笑顔が沢山で、見ていてもほっとします。

1が全て

年末に開く「108回のサンサルテーション」の準備として、一昨日11月23日に「サンサルテーション練習会」を開きました。ヨガの基本のポーズ、太陽礼拝を年末に108回練習するのは、聞く限りでは、日本特有のものらしいけど、心情的にもとても受け入れやすい。

レッスンの最初に、Mizue先生が説明したのは、108とは、『よろず』、つまり沢山ということだとか。108は煩悩の数と言われているけど、ネバーエンディングに煩悩があるということだ。
ブログ記事の作成の時もいつも煩悩だらけだ(笑)

「1、2、たくさん」としか数を数えない文化がある、と習ったのは、小学校だったかな。指が5本あっても、親指と人差し指で終わっちゃうのね。中指以降は、おまとめなのか。お子様手袋と同じ。

1はそれだけ、2はその続き、たくさんはもう想像できない。そのころは、煩悩だって3つ目以降はいっしょくたで、4つあっても5つあっても体勢に影響はなかったのかもなあ・・。いい時代だったんだ。数字ができて、どんどん沢山数えるようになって、ついでに煩悩も見える化したんだろう。

でも、「1か2」は、ある意味デジタルだ。1はそれだけ、それを食べたり使ったら、もうない。でも、2はまだある。いや、私にはもっと未来があるの、と思ったときに、たくさんになる。

「それだけ」と「それだけじゃない」の違いは大きい。単に一つ増えただけじゃなくて。

「自分だけ」と「自分だけじゃない。」

「これだけ」と「これだけじゃない。」

「ここだけ」と「ここだけじゃない。」

それを失くしても、まだある、ということがどれだけ大きな心の支えになるか、分からない人はいないだろう。プレゼンに失敗しても、もう一度チャンスはある。お金を落としても、豚の貯金箱がある。ワンモアチャンスが、2の意味だ。飛び降りても、ああ、ネットがあった。

おそらく、おそらくだけど、本当は全てワンチャンス、1しかないのだろうと思う。それを逃したら次はない。使い切ったらもうおしまい。失敗したら後はない。もとより、まったく同じこと、同じ人、同じ場所はないのだから。

だけど、1つはある。0じゃない。1つしかないのが、当然かもしれない。そう思うと、怖いと同時に安心もする。スペアがないのだから、失ったら何もない。でも、今はある。

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休講のお知らせ

12月5日(月)パワーヨガ、のびのびヨガ

12月9日(金)11時40分のハタヨガソフト

12月14日(水) 自力整体ヨガ

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年末スケジュールのご案内

108回のサンサルテーション:12月25日 10:30-13:00 by Mizue

レギュラークラスは、年内は12月28日まで、年始は1月4日から営業します。

小さな会社の忘年会

恒例?メンズヨガ忘年会。

何故か、小さな会社の忘年会みたいになり、社長、幹事、幹事長、とっても優しいロックンローラー、顧問のMizue 先生に平成生まれのフレッシュマン、笑顔が自慢の営業マンと見るからに切れそうなバックオフィサーと選手会長に宣伝部長、で蛍光灯まで持って歩いちゃう経理担当。本当に会社じゃん。
色々な事業を手掛けてる会社なんだけど、
ブログ記事の執筆代行とかをすごいお手軽価格で頼めるみたい

ヨガでしか繋がってない11人が集まると何を話すか?ヨガ哲学とか、ヘッドスタンドの秘訣か、最新ヨガウェアの広告宣伝か?

いや、そういうことじゃなくて、普通の、というか、普通以上に笑える普通のネタ。

そうなんだよね、ヨガをやっているから、何か特別ということじゃないのだ。

「ヨガで繋がりました、深いご縁があるんですね・・。」と言うのって、ちょっと怖くないか?普通が一番よ。おそらく、ヨガスタジオで繋がれるんだったら、ヨガスタジオじゃなくても繋がれるんだよね。ただ、そこがヨガスタジオだっただけで。

でも、いつもヨガを一緒に練習する人たちだから、いっしょになると、何かを飛び越えて、いきなり和気あいあいになるのだった。

11人もいると、あちこちで違う話をして盛り上がる。「なぜ、ヨガを始めたのか?」というディープな話から、「なぜ、あのとき脱いだのか?(Tシャツを)」や「パンツは前後裏表穿けるのかを改めて検証する(こちらのブログ参照)」まで。

何だか、畳の上で平泳ぎレッスンは始まっちゃうし、ゲームはしちゃうし、一部の地方ではビールの消費量がやたら多いとか。

「もう、なんだよお(笑)」みたいに、長いテーブルのこっち端とあっち端で、真ん中の社員の頭を超えて話が飛んでいったりもする。会社の会議で、そういうのない?マーケティング部の課長と人事部のリーダーが、会議室を対角に言いあっていて、残りのメンバーはひたすら資料を見ながら終わるのを待っているとこ。

でも、そんな中で、ふと耳にした一言が忘れられなかったりする。私もあった、言わないけど、個人情報ですから。(笑)

おそらく、あなたも私も、生きていれば色んな人に会って、いつもずっと一緒の人もいれば、その時限り、もう一生会わないだろう人もいる。特に、行きずりの人から聞いた言葉が、その後の自分を変えたりもする。あなたも、そういうことあるでしょ?

インプットを期待していたわけじゃないから、尚のこと、頭に残る。サプライズの贈り物をもらったような気もする。人と会うとか話すとかって、結局、そういうことだ。

この日は忘年会だったので、後1年生きていられるくらいは笑った気がする。会を企画して下さった方、一緒に笑ってくださったメンズのみなさん、本当にありがとうございました!

 

「見なかったことにしよう」と狼狽している人を見て、狼狽するとき

「どうもありがとう。でも、ごめん、間違ってメール開けちゃった」と、同僚が言いにくそうに言う。昼休み、「急用を思い出したけど、携帯もオフィスに忘れてきた」と言うので、「私の貸そうか?」と軽い気持ちで貸したら・・・。ちょうど電話を切るタイミングでメールが来たらしい。

え、何のメール?もしや・・?会社には内緒にしている、あれ?某アイドルのファンクラブのメルマガ?コスプレ写真?「そんなもんに、5万円も払ったの?」と言われそうな、オークションの結果?ファンクラブ仲間と偽名でやりとりしているメール?(自分でも、正気じゃないと思う、ゴージャスな名前だったりして。)

どこまで見たんだろ?何を見たか、聞こうか聞くまいか?言いわけしたほうがいい?でも何を??彼女が「見なかったことにしよう」と狼狽している風が、むしろ、こちらを狼狽させる。

「絶対内緒ね」と言うのは、「言いふらしてくれ」というようなもんだし。言ったら、むしろ根ほり葉ほり聞かれそうだし。動揺したまま、あれもこれもしゃべりそうだし。毎晩、DVDと新作動画見て、ブログチェックして、フェイスブックで「いいね!」しないと寝られない。病休取って、シークレットライブに行くプランと、万が一、撮影入ったときのためのコスプレ計画とか。

こんな人は、きっといないだろうけど。似たようなはめになったこと、ないですか?あるいは、今も。悪いことをしているわけじゃなくても、アイドルだったり、株や趣味だったり、恋愛とか仕事だってそうかも。

それが終わった後で振りかえると、全く理解不能で、むしろ「大丈夫?」とすら思ったりして。周りも巻き込んでいた日には、穴があったら入りたい。というより、その頃が何か穴にはまっていたんだよね。

普通に歩いていたら、「あれーっ」って落とし穴に落ちる感じ。不思議の国のアリスじゃないけど、最初は不安でも、気付いたら自分が主人公になって、足抜けできないことになっている。周りは、そういう自分から目をそむけているんだろうな。冷静なときに思うと。

ちなみに、ヨガで内観をするということは、そういうことかも。周りが自分から目をそむけていても、自分はそむけてはいけないのだった。
ブログ記事の執筆もすごい大変だけど、目を背けたらダメだよね。

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11月23日のイベント、3つあるうちの最後は、「コアトレ・アドバンスド」。

プロ仕様(?)のコアトレを、試してみてね。腹筋がしっかりしている人は、自分できちんと管理しているんだろうな、と思いませんか?周りから、そう思われたら、ちょっとうれしいかも。

決して足が長いわけじゃないのに(失礼!)、どうしても足に届かない・・・なんて人は、チャレンジする価値、大アリ(私も)

サーフィンやこれからが季節のスノボなど、コアが必要なスポーツをする方にも、お勧めです。中級以上向けなので、個別のボディチェックで、その人に必要なアドバイスを行います。お待ちしています!

ご予約はこちらです。

「呼吸していたんだ、自分」

生きている以上、呼吸はしているわけで、いまさら気付きも何もないはず。自分のどうこうするものではなくて、何かそこにあるもの、だと思っていた。

一番最初に、呼吸に意識が向いたのは、泳げるようになったときかも。

恥ずかしながら告白すると、それは、ほんの10年くらい前、ずっと息継ぎができなかったのです。

水から顔を出して息を吸うなんて一生できない、自分の体はそういう呼吸ができないことになっている、と信じてた。本で読んだり、人に習った通りに、息継ぎの真似はしていたけど、呼吸できなかった。

なので、25メートルプールの15メートルの線を超えたあたりで、ここで立ち上がらないと死ぬと思って、必ず立ち上がっていた。

あるとき屋外のプールに行きました。変形プールで、底に線はないし、どのくらい泳いだかも全然わからない。なんとなく泳いでいたら、プールの向う端まで着いた。立ち上がってゼイゼイしてたら、一緒に行った人が「大丈夫?」と聞いてくれて、「大丈夫だけど、息継ぎしないとキツイ」と答えたら。

「絶対、息してると思う、50メートルは泳いでるよ」

「え?」

呼吸していたんだ、自分。

今にして思えば、「いったい何を言ってるんだ?」でしょ。でもその途端、すいすい泳げるようになった。

息継ぎできないと思い込んでいたけど、いつから自分は泳げていたんだろう。もしかすると、かなり前からできていたのかも。

泳ぐために呼吸を変えるなんて、想像もできなかったけど、体は自然と呼吸する。泳ぎ終わって深呼吸をすると、バクバクしていたのがほっとした気分になるのだって、気付いたらそうなっている。

ヨガで呼吸を学ぶ意味は、呼吸が自分の体と心を変え、体と心が呼吸を管理していると知ることだろう。

自分の体のことで気付かないことは、まだ沢山あるはず。これだけ生きていても。この先、どんどん年を取っていくと、さらに知らないことに気付いたり、その時になって起きる体の変化もあるだろう。

自分の吐く息と吸う息のバランス。胸がドキドキするときに、どういう呼吸をすると楽になるのか。ヨガで習うウジャイブレスも、片鼻呼吸(鼻孔を片方ずつ押さえて、交互に呼吸する)も。後、どのくらい、いろんな呼吸ができるんだろう。発見の旅は続く。
コンテンツマーケティングの 勉強も毎日が発見の連続だな

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来週の11月23日、勤労感謝の日は、イベントが3つあるのですが、その一つが「呼吸を深める」、滅多にないMizue先生の座学です。きっと、きっと発見があると思うので、是非来て下さいね。お待ちしています。

ご予約はこちらです。

軽く行こう

パンツを裏表&前後で穿いて4日間!?

明日から大阪出張。資料やサンプルを持っていかないといけないし、先方へのお土産も必要だし。東京駅で、スーツケースを引っ張って、紙袋3つほども買うことを思うと、荷物は極力減らしたい。

な、わけで、パンツは極力穿き倒す。

という話を、とある日のメンズヨガで聞きまして。(←絶対絶対、私の話じゃないから。)

裏表くらいは、まあわからないでもないけど。そんなするくらいなら、パンパースでいいんじゃ?(←アブナイ発言は消しました。)

それはさておき、

Travel light.

憧れる、本当。「え?それで3泊するの?」みたいな。行った先で、ホテルに泊まるなら、そこそこのものはあるじゃないですか?なければ買えばいいし。なかったら着のみ着のままで、何か問題でも?

まあ、パンツくらいは洗うでしょ?で、そんなのをバスルームに干しているときに限って、一緒に出張に来た同僚が部屋に訪ねてきたりする。女子ならまだしも、男性の先輩も一緒だったりして。来るなり、「トイレ貸して」と先輩が席を立った後に、「あ!干しっぱなしだー」みたいなこと・・、ないですか?でも、韓国ドラマじゃないから、そこで恋が芽生えることもなく、後で、みんなに言いふらされて笑いのネタを提供するだけなのだった・・。

もっと現実的には、干したまま出かけて部屋に戻ると、パンツをかけたハンガーがエアコンのそばに置かれていたりする。清掃係の人が気を利かせて、乾きやすいようにしてくれた違いない。忙しくてばたばただったので、それはそれで、「ありがとうございます m(_ _)m」な気持になったりする。

軽くひょうひょうと行くのがいいのか、ずっしり根付くのがいいのか。

ヨガで言うなら、どちらも大事というのが答えだろう。でも、自分を観察すると、軽く行きたいときは、本当は根付かないといけないときみたいだ。反対に、ここで頑張る、動かないぞ、と思うときこそ、フットワーク軽く外に出かけるべきな気がする。

バランスというのは、そういうことかも。「どこか行きたい」という気持ちは、「ここにいたくない」ということ。その反対もしかり。「出かけて何かを探したい」ということは、「ここには何もない」ということだ。
記事作成もバランスが求められる作業だよね。

でも、ちょっと待って。それは本当?本当にここは不愉快な場所だろうか?本当にここには何もないんだろうか?天秤と同じで、片方が重くなるほど、もう片方も重くないと機能しない。でないと、載せた荷物は床に落ちて壊れるだけだ。

軽く行ける人は、本当は重くもないといけない。軽く出かけようとしているとき、今いるところにきちんと立っているかなんて、気にもしない。だけど、それじゃいけないのかもしれないな。

足で立てる以上、頭でだって立てるはず

生徒の皆さんが来る前に、先生たちは自分のウォーミングアップをします。
ブログ記事の作成も徐々にウォーミングアップしつつ書くのが大事。

今日の流れが大体決まっていて、それを最後にもう一度おさらいする。ポーズは、レッスンの前に生徒の人たちと相談して決めるので、全体的に体をほぐしておく。体を動かすだけが、ウォーミングアップじゃなくて、何かのポーズの説明をしようと思って、その内容を確認する。

さて、写真は火曜日の朝ヨガ担当、Nana先生。雨交じりの朝にヘッドスタンドの練習中です。先生が学んでいるシヴァナンダヨガでは、ウォーミングアップが終わったら、まずヘッドスタンドを練習するそうです。他の流派だと、大抵レッスンの後半に練習するけど、何故?

先生曰く、まずヘッドスタンドで今日のレッスンに集中する準備をするのだとか。まだヘッドスタンドが難しい人は、ウサギのポーズの練習を。頭のてっぺん(百会のつぼ)を刺激して、集中力を高めるということですね。シヴァナンダヨガは、ヘッドスタンド以外にはハードなポーズは少ないそうで、その分、自分自身に意識を向けるのにフォーカスするのでしょうか。

なるほど。

でも、ウォーミングアップの後、いきなりヘッドスタンドってハードル高くないんだろうか?Nana先生は、「バランスの取り方が分かれば大丈夫」と言うけど。

写真をよく見てみる。ヘッドスタンドって、立っているのをひっくり返しただけでしょ?

普通に立っているときのほうが、むしろ重い頭が上にあって、バランスが取りにくいんじゃ?、立つだけではなく、歩くことを考えると、上に重いものがあるほうが、動きやすいから、こういう仕組みなのだろう。昔の人は、頭の上に、野菜や魚の入った重いかごを乗せてひょいひょい歩いていたじゃないですか?(見たことないけど)

でも、静止するのなら、重いものが下の方が、安定する。どう考えても、上半身の方が下半身より体積も重量も多いし。じゃあ、何故ヘッドスタンドは怖くて難しいのかな。

ヘッドスタンドで倒れるのが怖いと思うことがある。何故普通に立っているときは、倒れるのが怖いなんて思わないんだろう?怖さを克服して歩いているわけじゃないだろう。

芽を出したばかりの朝顔は、まだ下を向いている。翌朝には、重い芽が少しずつ上を向いて行き、左右対称になる。子どもが歩きだすときだって。重い頭をよっこらしょと持ち上げられるようになって、ゆっくりと立ち上がる。何かというと転んで、頭から絨毯に突っ込むこともしばしばだ。それを再び胴体の真上に乗せ、おぼつかない脚で床を踏んで、やっと立ち上がる。

子供の時は頭が重いから、立つのだって大変だ。大人になり頭が軽くなると、その分動きやすく、活動的になるのかな。

きっとヘッドスタンドにも同じプロセスがあるはず。頭の上に体重を持って来られるように、脚を寄せてくる。脚を伸ばす前に、できるだけお腹に近付けて、真っ直ぐな上半身を作る。上半身が真っ直ぐにできたら、脚を少しずつ上に持っていく。上半身、要はコア部分が直立しないと、ヘッドスタンドはできないんだなあ。下から積んでいくのは、立ち上がるのと、同じだね。

ちょっと、納得したので、これから練習する、ヘッドスタンド。

「全部コアトレ」しましょ

一昨日のメールで、猫の腹筋恐るべし、と書いたら、「わかるー(にゃん)」なレスをいくつかもらいました。

猫の脇の下を持って、上に持ち上げていくと、胴が伸びていき、伸びていき。そして限界がくると、ぴょん!と丸くなる。これって、鉄棒にまっすぐぶら下がったところから、脚をお腹に引きつけるのと同じで、そりゃ腹筋強くなければできないよね。

床からジャンプしてテーブルに飛び乗るのだって、一旦長くのびてから、背中を丸めて後ろ足を前に持ってくる。で、テーブルの上のハムを食べちゃったりするのだった。

ちなみに、以前、実家にすごく行儀の悪い猫がいた。朝ごはんを食べながら、新聞を読んでいたら、ガサガサ音がする。「あ、目玉焼きがっ!」なんとテーブルに乗って新聞の陰で、私のおかずを食べてた。「ごはん食べながら、猫に気付かないくらい新聞読むのも行儀悪いでしょ」と母に叱られた記憶が・・。

それはさておき、腹筋には色々な役割があり、姿勢を支えたり、内臓を護ったりします。コンテンツマーケティングもたくさん役割があるから、腹筋と一緒かな。

何かあると、すぐに首がすくんで前かがみになるのは、本能的にお腹を護っているということ。四足動物を見ると納得する。一番見えないところ、攻撃されにくいところに内臓があるよね。

そういう意味でも、お腹がぽっこりするのは、間違っている。内臓の健康状態だって良くないだろうけど、目立ってはいけないはずのお腹がせり出しているんだから。

「大丈夫、お腹の中身は分厚い脂肪でガードしているから」なんて、のんきなこと言ってちゃいけないのかも。腹筋がない分、お腹が出ているだもんね。正直なとこ、パンツがきつくなったとか、そういうレベルじゃないかもよ。

サファリで大きな動物に襲われたら、一撃で食われる。キャッシュカードの暗証番号が”1234”と同じくらいまずいんじゃ?

という自分も、腹筋で姿勢を保つとか、運動機能を維持向上させるというイメージはあったけど、お腹を護るってこと、あんまり考えたことなかった。これから冬に向かって、もっと脂が乗る前に、違う目で腹筋を考えようかな。

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11月23日に、「全部コアトレ」のイベントがあります。パーソナルトレーナー&理学療法士のYuki先生が指導する中級者(以上)向けのコアトレのレッスンです。

ベテランの方や、普段コアを意識するスポーツをされる方は、一人ひとりに合ったエクササイズを実践していただけると、いっそう効果があると考えています。ですので、今回は、レッスン後に、個別の動作チェックと姿勢の写真撮影を行い、体の支え方や動かし方の癖を分析し、自宅でできる改善エクササイズプログラムを指導します。

目的を持ってコアトレしたい方、是非お待ちしています。

コアトレ アドバンスド by Yuki

11月23日(水) 午後3時?3時45分

 

 

ご予約はこちらです。

耳を柔らかくする練習もヨガ

これ、可愛くないですか?金曜夜のハタヨガソフト担当、Yuko先生です。

アイドルっぽいぞー。美人さんは違うぞー。カメラ目線がシビレル。自分がメンズなら、これだけで癒される。そばにいると、それだけで温かくなる気がする。そういうのは持って生まれたものだから、他人が憧れてもなかなか手に入らない。

Yuko先生は背中を伸ばすアジャストがとても上手で、ハタヨガソフトのときも一人一人アジャストしてくれるのが、とてもうれしい。

座った前屈でうつむいているときに、温かくて柔らかい手で、背骨を下から上にしっかり押し上げてくれる。「うー伸びるー」と思う人は、私だけじゃないはず。

猫を伸ばしたことある人なら分かると思うけど、あんな感じで、自分が際限なく伸びる。(注:猫を伸ばしたことのない人、猫は脇の下を持って上に引っ張り上げると、どんどん胴が伸びていくのです。普段の長さの二倍は確実で、ぽちゃぽちゃした猫なら三倍もいけます。そして、突然、足がぴょんと跳ねあがって、猫背に戻ります。猫の腹筋恐るべし。)

でも、先生がしてくれることは、自分で伸びるように、道筋をつけてくれるだけ。体が本来伸びるべき方向に自然に伸びていくように連れていってくれるだけ。

そこが、ヨガがマッサージと違うところ。やっぱり自分で伸ばさないといけない。
コンテンツマーケティングの勉強も自分でどんどん吸収していかないといけない。

どんなに気持ちいいアジャストをしてもらっても、頑なに息をこらえて緊張していたら、伸びようがない。自分で体を緩めようと思わないと。ゆっくり息を吐かないと。くちゃくちゃに固まったところをほぐしたいと思わないと。人にやってもらえばいい、じゃないんだよね。

「どうせ体硬いし」じゃなくて、「自分で伸びたい。」それだけ。深く呼吸して、先生にくっ付いて行く。すると、ほんの少しかもしれないけど伸びた自分がいる。

ときどき、「どうせできないし」なんて思うことないですか?ヨガじゃなくても、背骨じゃなくても。「どうせ無理」スパイラルに入って、出てこられないことありませんか?

それって、また背骨でいえば、ガチガチに固まっている状態よね。動かすのがしんどくて、動かさないと、もっと動かなくなり、右にも左にも上にも下にも動かなくなる。そして、動かないから冷えていき、石みたいになり、気付いたら何の感覚もなくなっている。

そんな、「感覚死んでます」なときに、「こうやったら、いいんじゃない」と、誰かが教えてくれたとして、どう?石になって耳の穴もふさがっているんだから、聞こえないでしょ?かすかに聞こえたって、耳も貸さないでしょ?

でも、そのときに「この間、前屈したとき、どうだったっけ」と、思い出せたら?「先生の手の動きについていったら、自然と伸びたな」と思い出せたら?

誰かの声を聞くのもいいのかもしれない、って閉じた耳が開く気がしないか?

普段、あなたや私が元気な時は、そんなこと、何も関係ないだろう。だけど、ときどき人の声が必要なことがある。そのときに、耳がふさがっていないように。きちんと聞けるように。Yuko先生の手に素直について行ったら伸びたように、誰かの声を素直に聞けたら、固まったものもほぐれるのかも。

柔らかく前屈をするだけがヨガじゃなくて、耳を柔らかくする練習もヨガなのだった。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ@朝ヨガ

スタジオで外国から来て下さった人と会うと、自分がどこかに出かけたような気分になる。海外の人は、ヨガウェアのまま、さくっとスタジオに来ることも多く、それだけで、ロンドンや台湾のスタジオで会った人たちを思い出す。
その人たちかから仕事の話も色々聞いたけど、コンテンツマーケティングって難しそうだけど、面白いなーって思った。

日本語と英語と、さらに中国語やフランス語など、いろんな言葉で片言のあいさつをするところは、人ごみでごった返す空港の到着ロビーみたいだ。

不思議なことに、発着ロビーを思い出さないのは何故なんだろう。「おかえりなさい」や「よくいらっしゃいました」が、「いってらっしゃい」や「お疲れ様でした。どうぞ、お気をつけて」より素晴らしいってことじゃないはず。

それは、ヨガスタジオというより、ヨガがウェルカミングな行為だからだろう。

理由は何であれ、人は出かける。お金を稼いだり、知らないことを学びに行く。誤解を恐れず言えば、出かけるときに発着ロビーで激励は要らない。泣いて送りだしてもらわなくてもいい。ただ、帰る場所があることさえわかっていれば。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ。ラウンドトリップを旅と呼ぶ。

長い道のりでも、誰一人知らない不安な場所に出かけるのでも。行った先で起きるはずの、わくわくする出来事をお土産に持って帰るつもりでも。飛行機を待って搭乗口で眺める空がどんよりしていても。自分のミスで帰国便に乗り遅れて、空港で、もう半日も次の便を待っている時も。

出かけて戻ってくるから旅なのだった。

履きなれた部屋のスリッパ、連絡をしたわけでもないのに、わざわざ調べて、到着ロビーに迎えに来てくれる友達。「いない間、どれだけ迷惑だったと思ってるの?そんなお土産じゃ釣られないわよ」という顔の同僚。すっかり無愛想になった飼い猫。

あなたや私がいなくても、恐らく誰も困らない。「え、出かけてたんだ?」と、いないことに気付きもしない人もいるだろう。「また、戻ってきたんだ?」と露骨に嫌な顔をする人もいれば、滅多に会わないのに「しばらく顔見なかったんで、心配してた」という人だって。

そんな人や物のために旅に出ても戻ってくる。戻りたくなくても、戻りたくてホームシックになっていたとしても。

「旅に出たい。ただ、どこかに行きたい、ここじゃないところへ。」そんな話を聞くとき、自分でも、そうつぶやくとき。

でも、必ずいつここに戻らないといけないか計算しているはず。それが旅だから。片道切符で出かけたとしても、あなたは、ずっとここを空けっぱなしにしておくことはできないのだから。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ。

そんな旅をして東京にやってきた人と、どこへ出かけても東京に戻ってくる人と。彼と彼女たちが表参道のヨガスタジオで一緒になったときの写真がこれ。そこに住む人と、どこかに戻る人。この雑多な感じは、やはり到着ロビーだった。