なるほど肩こりや腰痛とは無縁なワケね

火曜日朝ヨガ担当のEriko先生から、面白い話を聞きました!

(from Eriko)

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昨年暮れに2週間ほどガーナへ旅行に行きました。私にとって初めてのアフリカです!

私がそう感じたように、東南アジアを旅されたことがある方は、きっとガーナへ訪れると、路上で食べ物を売っている人々や、小さな商店が軒を連ねる街並みに親近感を覚えるでしょう。でも基本的に、見るもの聞くもの食べるもの会う人会う人、何もかもが新鮮で驚きの連続でした。

首都アクラでは、車が信号で停まると、あらゆる物売りが車両の間を練り歩きます。飲料水、そのまましゃぶれるようにカットされたサトウキビ、揚げたプランテーン(料理用バナナ)、オレンジ(皮がむいてあって、切り目に口を当て、ぎゅーとオレンジを握るとジュースが出てくるリアルオレンジジュースとして売られていました!運転しながら片手でジュースが飲めるように工夫されているんですねぇ)、アイスクリーム、スナックなどの食品だけでなく、タオルや携帯電話カード、おもちゃ、トイレットペーパーなど日用品も売られていました。子犬を売っている男性を見たときはさすがに驚きましたが、車に乗ったまま買い物が出来るので、この国にはだからコンビニがないのか、と思ったくらい様々な物が売られていました。

共通しているのは、ほぼすべての物売りの人たちが商品を頭に載せていることです。女性のみならず、男性も、老いも若きもいましたが、みんな器用に大きいもの、重いものを軽々と頭上に載せています。日本でいう衣装ケースのような半透明の長方形プラスチック製のボックスで豆乳やペットボトルドリンクなどを販売している人も、半分ほど売れてボックスの半分にしか商品がなくても、うまいことバランス取って頭上に。

ある日、現地の方々数名と商店軒先で椅子に座って話していたとき、一人が「エリコ、ガーナのメイズ(とうもろこし)まだ食べてないなら、ごちそうするよ」と言ってくれて、路上でメイズを売っている女性を呼び止めました。

茹でたとうもろこし満載のたらいを頭上に載せた女性は、路面から少し下がっている軒先までやってきて、たらいを地面に置きました。男性が「小さめのがいいなあ」とか言って、好みのとうもろこしをいくつか選びお金を払いました。仲間の男性と二人でそのトウモロコシ満載のたらい(5kgくらいあるんじゃない?と思わせる感じ)をヨイショと持つと、女性はその底あたりに頭を持ってきて、また頭上に重いたらいをヒョイと載せます。涼しい顔して、斜面を登って路上へ商売に戻っていく彼女を私は唖然と見てました。。。すげー

頭上に載せたい物が安定するように、自分の頭の形に合わせてタオルとか布でリングを作り、その上に物を載せるんですが、それにしてもよくあんな重いものをバランスとって頭で運べるものだと、ほとほと感嘆しました。頭に5kg載ってるとすると、背骨と全身を使って5kgの力で頭頂を押し上げている、ということですよね。小さい頃からそんな習慣があるから、あの感覚があると背骨がすっと天へ伸びるわけです。

特に何か調査結果などを見たわけではないのですが、知り合いのガーナ人全員、腰痛や肩こりがなく、アフリカ人は私たちの多くが持つ肩や腰の悩みがあまりないようです。なるほど、背骨を伸ばしていたら自然と姿勢がよくなり、大きな関節が下から順にアライメントに並ぶから、肩こりや腰痛にはなりにくいわけですね。

日常に使用する水は、地下水を汲み上げて大きなタンクに貯めておくというのがガーナではだいたいどこでも普通です。日本では蛇口といえば腰あたりの高さなど、手の届く位置にあるのに、ガーナでは高い場所にあるタンクの下のほうに蛇口がついています。

「届かないじゃん」と私は思っていたのですが、みんな空バケツを頭に載せてタンク下へ行き水を汲むので、蛇口は頭の上に置いたバケツの上あたりの高さ設置されていました。バケツのふちに手を置けば、水が一杯になると指先が水に触れるので、蛇口を閉めてバケツの水を運びます。日本では決して浮かばない発想ですねー。

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そんなわけで、ヨガクラスの最初にセンタリングする際、このガーナで感動した話をすることが多くなりました。私のクラスで「うわ、また言ってるよ」と思われたら、すみませんが我慢して聞いててくださいw

最近、ブログ書くのもしんどくなってきたな、、、ブログの執筆代行に依頼したら楽そうだよねw
ヨガ系の記事もかけるみたい。ちょっと社長に相談してみよーっと。

K YOGAにもサンタがいました

通勤途中に工事現場があります。かなり大きなスペースが白い壁で囲まれているので、きっとオフィスビルじゃないかと思っています。

コンビニに寄りたいときだけ、その道を通るので、いつも見ているわけじゃないのですが、昨日、久しぶりに通ったら、壁のはじ、角のところにクリスマスツリーが飾ってありました。そこだけ白い壁が透明の壁になっていて、その内側ではツリーがピカピカ光っています。

決して大きくはないし、プラスティックの木に赤と緑の電飾が付いているだけの、言ってみたら普通のツリー。オーナメントを沢山飾った家のツリーのほうがずっと豪華だ。

でも、殺風景な工事現場に、しかも夜は真っ暗になるそこに、唐突に置かれたツリーは、とても貴重なものに見えました。クリスマス気分を盛り上げるというよりは、暗い道を照らし、冷えていく夜を少しだけ温めているみたいな。

よく「工事のため、ご迷惑をおかけします」という、作業員の人が頭を下げている絵の立て看板があるでしょう?それは、それできちんとした対応だと思うけど、このツリーはそれとも違う。

誰が、こんなステキなことを考え付いたのかな。もちろん工事会社の人だろうけど。「ここにツリーを置きましょう」と最初に提案した人は何を思ったんだろう。工事現場の壁が、ただ囲うだけで、人を寄せ付けないためのものなのが、イヤだったのかな。「そんなの経費のムダ」と反対する人だって、きっといただろう。

表参道の豪華なイルミネーションじゃないんだから。人を集める意味なんてないし。人通りはあるけど、誰も足を止めないのに。ちらっと見たら、それで終わりで、次の交差点で人ごみにまぎれたら、すぐに忘れるのに。

でも、それでいいのかも。それだから、気持ちを動かされる。その場限りの、その場がきれいな場所だったら。その角を通り過ぎるとき、一瞬だけ目に入るものが、暗い中に光るクリスマスツリーだったら。

「ずっとあなたのことを想っています」とか、「いつまでも忘れないでね」という約束がその通りだったことなんて殆どない。絶対ない、とは言わないけど。だからこそ永遠をみんな探すのだ。

だけど、たった一瞬でも光っていたら、永遠に輝くのと同じだ。その一瞬のために、精いっぱいのことをするのだって・・。

??????????

クリスマスイブの夜、待ちきれなくてカーテンの端をめくって外を見たら、サンタクロースが営業前のウォーミングアップにヨガをやっていた。トナカイたちはダウンドッグや、キャット&カウをしている。

ではなくて、(もちろん)。いつも朝ヨガに来て下さる方にくっ付いて来てくれました。その人こそMissサンタクロースだと思った。どうもありがとうございました!
ちなみにその人の会社、記事作成の代行も頼めるんだって。

 

「呼吸していたんだ、自分」

生きている以上、呼吸はしているわけで、いまさら気付きも何もないはず。自分のどうこうするものではなくて、何かそこにあるもの、だと思っていた。

一番最初に、呼吸に意識が向いたのは、泳げるようになったときかも。

恥ずかしながら告白すると、それは、ほんの10年くらい前、ずっと息継ぎができなかったのです。

水から顔を出して息を吸うなんて一生できない、自分の体はそういう呼吸ができないことになっている、と信じてた。本で読んだり、人に習った通りに、息継ぎの真似はしていたけど、呼吸できなかった。

なので、25メートルプールの15メートルの線を超えたあたりで、ここで立ち上がらないと死ぬと思って、必ず立ち上がっていた。

あるとき屋外のプールに行きました。変形プールで、底に線はないし、どのくらい泳いだかも全然わからない。なんとなく泳いでいたら、プールの向う端まで着いた。立ち上がってゼイゼイしてたら、一緒に行った人が「大丈夫?」と聞いてくれて、「大丈夫だけど、息継ぎしないとキツイ」と答えたら。

「絶対、息してると思う、50メートルは泳いでるよ」

「え?」

呼吸していたんだ、自分。

今にして思えば、「いったい何を言ってるんだ?」でしょ。でもその途端、すいすい泳げるようになった。

息継ぎできないと思い込んでいたけど、いつから自分は泳げていたんだろう。もしかすると、かなり前からできていたのかも。

泳ぐために呼吸を変えるなんて、想像もできなかったけど、体は自然と呼吸する。泳ぎ終わって深呼吸をすると、バクバクしていたのがほっとした気分になるのだって、気付いたらそうなっている。

ヨガで呼吸を学ぶ意味は、呼吸が自分の体と心を変え、体と心が呼吸を管理していると知ることだろう。

自分の体のことで気付かないことは、まだ沢山あるはず。これだけ生きていても。この先、どんどん年を取っていくと、さらに知らないことに気付いたり、その時になって起きる体の変化もあるだろう。

自分の吐く息と吸う息のバランス。胸がドキドキするときに、どういう呼吸をすると楽になるのか。ヨガで習うウジャイブレスも、片鼻呼吸(鼻孔を片方ずつ押さえて、交互に呼吸する)も。後、どのくらい、いろんな呼吸ができるんだろう。発見の旅は続く。
コンテンツマーケティングの 勉強も毎日が発見の連続だな

?????????????????

来週の11月23日、勤労感謝の日は、イベントが3つあるのですが、その一つが「呼吸を深める」、滅多にないMizue先生の座学です。きっと、きっと発見があると思うので、是非来て下さいね。お待ちしています。

ご予約はこちらです。

足で立てる以上、頭でだって立てるはず

生徒の皆さんが来る前に、先生たちは自分のウォーミングアップをします。
ブログ記事の作成も徐々にウォーミングアップしつつ書くのが大事。

今日の流れが大体決まっていて、それを最後にもう一度おさらいする。ポーズは、レッスンの前に生徒の人たちと相談して決めるので、全体的に体をほぐしておく。体を動かすだけが、ウォーミングアップじゃなくて、何かのポーズの説明をしようと思って、その内容を確認する。

さて、写真は火曜日の朝ヨガ担当、Nana先生。雨交じりの朝にヘッドスタンドの練習中です。先生が学んでいるシヴァナンダヨガでは、ウォーミングアップが終わったら、まずヘッドスタンドを練習するそうです。他の流派だと、大抵レッスンの後半に練習するけど、何故?

先生曰く、まずヘッドスタンドで今日のレッスンに集中する準備をするのだとか。まだヘッドスタンドが難しい人は、ウサギのポーズの練習を。頭のてっぺん(百会のつぼ)を刺激して、集中力を高めるということですね。シヴァナンダヨガは、ヘッドスタンド以外にはハードなポーズは少ないそうで、その分、自分自身に意識を向けるのにフォーカスするのでしょうか。

なるほど。

でも、ウォーミングアップの後、いきなりヘッドスタンドってハードル高くないんだろうか?Nana先生は、「バランスの取り方が分かれば大丈夫」と言うけど。

写真をよく見てみる。ヘッドスタンドって、立っているのをひっくり返しただけでしょ?

普通に立っているときのほうが、むしろ重い頭が上にあって、バランスが取りにくいんじゃ?、立つだけではなく、歩くことを考えると、上に重いものがあるほうが、動きやすいから、こういう仕組みなのだろう。昔の人は、頭の上に、野菜や魚の入った重いかごを乗せてひょいひょい歩いていたじゃないですか?(見たことないけど)

でも、静止するのなら、重いものが下の方が、安定する。どう考えても、上半身の方が下半身より体積も重量も多いし。じゃあ、何故ヘッドスタンドは怖くて難しいのかな。

ヘッドスタンドで倒れるのが怖いと思うことがある。何故普通に立っているときは、倒れるのが怖いなんて思わないんだろう?怖さを克服して歩いているわけじゃないだろう。

芽を出したばかりの朝顔は、まだ下を向いている。翌朝には、重い芽が少しずつ上を向いて行き、左右対称になる。子どもが歩きだすときだって。重い頭をよっこらしょと持ち上げられるようになって、ゆっくりと立ち上がる。何かというと転んで、頭から絨毯に突っ込むこともしばしばだ。それを再び胴体の真上に乗せ、おぼつかない脚で床を踏んで、やっと立ち上がる。

子供の時は頭が重いから、立つのだって大変だ。大人になり頭が軽くなると、その分動きやすく、活動的になるのかな。

きっとヘッドスタンドにも同じプロセスがあるはず。頭の上に体重を持って来られるように、脚を寄せてくる。脚を伸ばす前に、できるだけお腹に近付けて、真っ直ぐな上半身を作る。上半身が真っ直ぐにできたら、脚を少しずつ上に持っていく。上半身、要はコア部分が直立しないと、ヘッドスタンドはできないんだなあ。下から積んでいくのは、立ち上がるのと、同じだね。

ちょっと、納得したので、これから練習する、ヘッドスタンド。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ@朝ヨガ

スタジオで外国から来て下さった人と会うと、自分がどこかに出かけたような気分になる。海外の人は、ヨガウェアのまま、さくっとスタジオに来ることも多く、それだけで、ロンドンや台湾のスタジオで会った人たちを思い出す。
その人たちかから仕事の話も色々聞いたけど、コンテンツマーケティングって難しそうだけど、面白いなーって思った。

日本語と英語と、さらに中国語やフランス語など、いろんな言葉で片言のあいさつをするところは、人ごみでごった返す空港の到着ロビーみたいだ。

不思議なことに、発着ロビーを思い出さないのは何故なんだろう。「おかえりなさい」や「よくいらっしゃいました」が、「いってらっしゃい」や「お疲れ様でした。どうぞ、お気をつけて」より素晴らしいってことじゃないはず。

それは、ヨガスタジオというより、ヨガがウェルカミングな行為だからだろう。

理由は何であれ、人は出かける。お金を稼いだり、知らないことを学びに行く。誤解を恐れず言えば、出かけるときに発着ロビーで激励は要らない。泣いて送りだしてもらわなくてもいい。ただ、帰る場所があることさえわかっていれば。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ。ラウンドトリップを旅と呼ぶ。

長い道のりでも、誰一人知らない不安な場所に出かけるのでも。行った先で起きるはずの、わくわくする出来事をお土産に持って帰るつもりでも。飛行機を待って搭乗口で眺める空がどんよりしていても。自分のミスで帰国便に乗り遅れて、空港で、もう半日も次の便を待っている時も。

出かけて戻ってくるから旅なのだった。

履きなれた部屋のスリッパ、連絡をしたわけでもないのに、わざわざ調べて、到着ロビーに迎えに来てくれる友達。「いない間、どれだけ迷惑だったと思ってるの?そんなお土産じゃ釣られないわよ」という顔の同僚。すっかり無愛想になった飼い猫。

あなたや私がいなくても、恐らく誰も困らない。「え、出かけてたんだ?」と、いないことに気付きもしない人もいるだろう。「また、戻ってきたんだ?」と露骨に嫌な顔をする人もいれば、滅多に会わないのに「しばらく顔見なかったんで、心配してた」という人だって。

そんな人や物のために旅に出ても戻ってくる。戻りたくなくても、戻りたくてホームシックになっていたとしても。

「旅に出たい。ただ、どこかに行きたい、ここじゃないところへ。」そんな話を聞くとき、自分でも、そうつぶやくとき。

でも、必ずいつここに戻らないといけないか計算しているはず。それが旅だから。片道切符で出かけたとしても、あなたは、ずっとここを空けっぱなしにしておくことはできないのだから。

帰る場所があるときに、それを旅と呼ぶ。

そんな旅をして東京にやってきた人と、どこへ出かけても東京に戻ってくる人と。彼と彼女たちが表参道のヨガスタジオで一緒になったときの写真がこれ。そこに住む人と、どこかに戻る人。この雑多な感じは、やはり到着ロビーだった。

もう何年も一緒に朝ヨガを練習してきた人みたいに思えました

このところしばらく、朝ヨガは、「Bonjour」で始まっていました。

写真にもちらっと映っている中折帽をかぶったフランス人紳士が、毎朝、いらしていたのです。いつも、この水色の帽子をかぶって、シルバーの大きなブレスレットを着けて、原色の服を着ていることも多かった。お洒落な格好をするのが普通な人なんでしょう。

私は、大学の第二外国語はフランス語だったけど、ボンジュールとメルシーくらいしか覚えていなくて、こちらの紳士も日本語は「ありがとう」だけ。まあ英語は、そういうとき役に立つ。というよりは、言葉はあんまり関係ないというのが、実感できました。同じように自分が海外に行った時も、あんまり関係なかったな。

お仕事はクレープ屋さん。日本に2週間ほど休暇でやってきた。ある日、ふらっとK YOGAに来て、朝ヨガパスを買って朝ヨガメンバーになったのでした。朝ヨガの先生たちや生徒の人たちの2ショットも沢山撮らせてもらって、一緒に映って下さった方、ありがとうございました。(←Merci!)

彼がオーストラリアで練習しているのは、音楽ががんがん流れる賑やかなレッスンらしく、K YOGAの朝ヨガは、少し違ったみたいです。どのクラスの後も、親指を立てて、にっこりしながら帰ってきました。

だいたい朝ヨガに参加する人は決まっているので、どのクラスもかすかな顔見しり感があります。彼も、もう何年も一緒に朝ヨガを練習してきた人みたいに思えたけど、ほんの2週間だったなあ。もう、帰ってしまいました。「ARIGATO」と書かれたメモだけが残っています。

私が担当した月曜の朝ヨガの後、「今日はどこに行くの?」と聞いたら、「朝ごはんを食べたら美術館に行きたい」と。もう、もう・・。フランス人紳士すぎる。朝ごはんはクロワッサンなのかなあ。それは、日本人の思いこみなのかな。少し暇を持て余すくらいの余裕がある旅行って、本当にうらやましい。

この紳士みたいに、長くても短くても、いつも旅先でもヨガの練習ができたらステキだろうと思う。ホテルの部屋でも練習できるけど、折角出かけるんだから、そこのヨガスタジオに行きたい。それも、ふらっと行けたらうれしいな。住んでいる人みたいに、マットと鍵だけ持って、ふらっと行く。だから、K YOGAも、外国の人も(勿論、日本の人も)ふらっと行ける場所にしているんですけどね。

何だろう、ヨガは道具で浮き袋じゃない。それに捕まって荒れ狂う海を漂流してはいけない。それなしでは、生きていけないようになっちゃいけない。

だけど、便利な道具は、いつもカバンに入れておいて、旅にも必ず持っていくように、ヨガもいつも自分のどこかにあったらいいよね。重くもないしかさばるわけでもない。失くす心配もなければ、漏えいリスクもない。こんな道具は是非とも持って歩かなくちゃ。

このフランス人紳士は、また別の場所に行って、やはり同じように、朝ヨガに出かけるだろう。そして誰かと会うだろう。

オウンドメディアの更新のいいネタになったな。
また、K YOGAにも来てね。Au revoir!

先生の周りは、時間がゆっくり過ぎる@火曜日の朝ヨガ

10月からの火曜日の朝ヨガNana先生がインドで教わってきたシバナンダヨガをベースにレッスンをします。音楽もインド風で、外国の人もいて、ときどき英語でインストラクションが入って、いつもと違った場所にいる気分になりました。

ポーズはベーシックなものが中心、だからといってリラックスだけとか、簡単なだけではなく、ホールドが長いので、スピーディなヨガとはまた違う効き具合です。

コブラのポーズもバッタのポーズも、じっくりホールド。それが何をしているポーズか、頭も体も納得するまで。でも、いきなりぎゅっと伸ばして、頑張る。もうそういう癖がついている。ヘンに力んで、腰や二の腕が「いてて」となって。本来そこは痛くならないはずなのに、痛くなってはいけないのに。緩めないといけないのに。それでもホールドしようとする自分。

だけど、「しょうがない、諦めるか」までたどりつく、さらに時間の余裕があるのです。胸が開いてきた、呼吸が楽になったと思えるのは、もう少し経ってから。それが時間をかけることの意味。言ってみれば当然だけど。

「さくっといこうよ」に慣れてしまって、時間をかけることが苦痛になっている。ゆっくりのんびりポーズを取るのを理解して受け入れることもできなくて、それが私のヨガの練習なんだろう。あなたも?

ゆっくり、そーっと、丁寧に、のほうが難しいことある。そんなことにも似ている。

ブログ記事の作成も似たような感じだよね。

例えば、失敗の言い訳や、軽いゴメンナサイとか、「聞いたら、この人怒るだろうな」みたいなこと。できるだけさりげなくさらっと言いませんか?

「とりあえず言いました、もう触れないで」な態度は、当然バレバレで、「早口で言えば、こっちが気付かないとでも、思ったのか?」と怒られるのは必至。 ゆっくりやりたくないことこそゆっくりやらないといけないのだ。

ビデオをスロー再生すると気がつかなかったことがたくさん見える。 同じように自分だってスロー再生すれば、知らなかった自分がきっといるんだろう。変顔していたり、性格悪い発言したりと、あまり見たくない自分もいて、だからスローな時間は敬遠する。でも、意外なところで笑っている無防備な自分なんかも発見するから、悪いことばかりじゃない。

写真は、インドでヨガを勉強していたころのNana先生。何かエキゾチックな香りのお茶を飲みながら、ひと休み中みたいです。決して静かではなく、がやがやした場所だろうけど、その中で休憩するのが、むしろ心地よかったりするのじゃないかな。こういう写真を見ると、どうにもこうにもどこかに行きたくなる。

Nana先生の周りは、時間がゆっくり過ぎる。もちろん、先生と一緒にいるあなたや私の時間も。スタジオのドアを開けたら、いつもの表参道だけど、先生の朝ヨガは、知らない場所でゆっくり一休みする時間と同じだ。

2017年のK YOGAカレンダーは、ハトのポーズ

2017年のK YOGAカレンダーは、ハトのポーズ。

と、言うのを読んで「?!」と思った人、K YOGAでは、毎年皆さんのヨガポーズの写真でカレンダーを作っているのです。撮らせていただいた方には、クリスマスにカレンダーをプレゼントしています。今度来た時、スタジオに置いてあるカレンダーをよーく見てください。それが、噂の(?)K YOGAカレンダーです。

去年のは、こちら。

ハーフムーン、木のポーズ、ダンサーのポーズと来て、今回はハトのポーズ。当然だけど、ヨガのポーズの名前は、敬虔な祈りの気持ちが込められていたり、自分を高めていきたいという前向きなものですよね。

ハトのポーズ、サンスクリット語でカポタアサナ。写真のモデルは木曜朝ヨガのEriko先生です。胸を開く、お尻を伸ばす、反対の足のそけい部を伸ばす・・・。フォーカスする場所もいろいろです。
オウンドメディア運営も 色々な部分にフォーカスしないといけないから一緒だね。

見よう見まねでやってみて、「ん?どこに効くの?」と思ったら、前脚の曲げ具合を変えたり、お尻の位置を動かしたりしてみてください。きっと「おおっ」という場所があるから。自分のことは自分にしか分からないというのが、分かると思う。

体がしっかり前を向くのが基本だけど、どこかが痛くなったりしていない限りは、自分が伸ばしたいところが伸びて気持ちよければ、まずはOK。そこから、少しずつ深めていければいいですよね。

これからしばらく、いろいろなクラスでハトのポーズを練習するので、是非写真撮影に参加してくださいね!

ところで、インドにハトは本当にいたのかな、何か違う鳥のポーズをハトのポーズと呼んでいるんじゃないの?時々、そういうのあるからね。飛行機のポーズとか、アザラシのポーズとか、ごく最近できたポーズでしょ?

そう思って、ググったら・・。

なんと、「インドの首相にあてて、ハトが脅迫状を届けに飛んで来た。そのハトは現在、拘束中。」という記事が。一昨日あたりの記事。そのあたりでは、今もハトや他の鳥を伝達手段として使っているのだとか。てか、拘束って何?

ハトが平和の象徴というのは、キリスト教からだと思うだけど、インドではどうなんだろう。もっとも、脅迫状を送ったほうも、その人の側から言えば正義なんだから、ハトは高邁な使命を託された、羽根をもつ生き物として大事にされていたに違いない。

だけどIT大国インドだから、ハトの次はドローンだな。その間に、白ヤギさんもクロネコヤマトもなく、いきなりドローン。このタイムワープ感半端ない。それを受け入れる人たちも許容範囲大きすぎ。本物そっくりのハト型ドローン作る人だって、絶対出てくる。ハトのほうがなじみがあるとか言って。

話は戻って、ヨガスタジオで練習するハトのポーズは、そこまできな臭くないから。まずは「お尻が伸びた?、う”−」を味わってみてね。

K YOGAみたいなヨガだけしかできない場所

昨日の朝、沢山の赤とんぼが青い空を飛び交っているのを見た。私の部屋からは、東京スカイツリーも見えるので、いいゴキゲンで日曜を過ごしました。久しぶりに晴れて、トンボも湿った羽根を乾かしたいのかな。

スタジオの裏庭に植わっているキンモクセイはいい匂いで、秋を知らせている。見てきれいな花ではないのに、人の気持ちをほっこりさせるのはスゴイ。よく考えると、都内にいて、自然に花の匂いに気付くことって、キンモクセイしかないように思う。

春を告げるウグイスの姿を見かけないのにも似ている。人の目に付かないけれど、普段は気にも留めないけど、その時が来ると必ず思い出すもの。それは、その時が来ないと思いださないということだ。

もし来年、スタジオの裏庭のキンモクセイが切り倒されていたら、秋になっても、あなたも私も、そこにキンモクセイがあったことは思い出さないだろう。ヨガマットを抱えてスタジオに向かう廊下を通るとき、「あ、いい匂いがする。秋なんだな。」と思うこともないだろう。おそらく別のことで、例えば朝晩が涼しくなったとか、虫の声を聞いたとか、他のことで秋を感じるだけだ。

あなたが来年の今ごろ、キンモクセイの時期に、ここを離れていたとしたら、やはりキンモクセイの匂いで秋を思い出すことはないだろう。でもキンモクセイだって、ウグイスだって、覚えてもらうためにいるわけじゃない。カレンダーの代わりをするためでもない。

朝ヨガに来る人の大半は、そこから会社に出勤する。見たくて見たわけじゃないけど、ちらっと見えた、その人の大きなバッグには、ヨガウェアとお水の他にも、英語のテキストや何かの書類とタブレットが入っていた。後、のど飴。

オフィスは乾燥しているから、話をすることが多い仕事の人はのど飴が必要だね。デスクワークでPCばかり見る人は目薬もいる。ほんの少しの合間にも社内TOEICテストの勉強もしないといけないし。朝ヨガのバッグは、なんだろ、頑張ろうという気持ちがあふれている気がする。

会社のためや人のためではなく、自分のために働く、自分のために頑張っているみたいだ。
コンテンツマーケティングも自分というかスタジオのためだよね。
それができないで、人や会社のためになろうというのは、難しくないか?キンモクセイは咲かなければ、秋を告げることも、人に知られることもない。

写真は、火曜日&木曜日担当、Eriko先生の朝ヨガ。明日の火曜が最後の火曜日の朝ヨガ担当になります。みんな来てね。来週からは、火曜日がリニューアル。Nana先生に変わります。(Nana先生のご紹介はまた後日)

朝ヨガの写真は、どれもすがすがしくて、きりっとしている。K YOGAみたいな、ヨガだけしかできない場所に来る人は、何のためにヨガをやるのか、すごく明確みたいだ。それが、後ろ姿にも見えるのかもしれない。自分のためにだけヨガをする。

「早起きできない」じゃなくて「早寝できない」

早起きできない理由の一つは、単に睡眠時間が短いから。12時に寝て7時に起きられるなら、10時に寝て5時に起きるのも同じでしょ?それを12時に寝て5時に起きようとするから無理なんだよね。

かくいう自分も、10年くらい前は、その日のうちに寝たことがなく、それどころか12時過ぎても家に帰っていないような生活をしていた。朝5時に起きるくらいなら、朝5時まで起きている方が楽だった。そのときは体がきついとも思わなかったけど、後に早起きをするようになってから、無理してたことがわかった。

日が昇るとともに起きて、日が沈むと休む。体の仕組みとして、この時間割は多少ずれても、なくなることはないだろう。もし、一定時間の睡眠さえ取れば、何時に起きて寝ても、体に何ら支障なく生きていけるのだったら、きっと、社会の仕組みそのものが全く違うはず。

まず、9時5時勤務なんてコンセプトがなくなる。時差も単に時差でしかない。8時間働けば、何時スタートも可。シフト制工場みたいな24時間営業。9時出社組と21時出社組で、同じデスクを共用できる。土地が少ないためにオフィスビルさえウサギ小屋の日本だって、一人当たりのスペースがざっくり倍になる計算だ。

深夜のラジオ番組も、カフェのモーニングサービスみたいな時間帯別価格戦略も、きっと姿を消す。全員参加の社員旅行は、半分が、今の海外旅行並み時差ぼけ状態になる。コンビニのアルバイトシフトを組むのが、むちゃくちゃ複雑になり、「シフト職人」なんて名前の専用ソフトを作ってひと儲けする会社も出るだろう。
ホームページ制作の会社とか儲かってるのかな。。?

だけど、そんなロボットみたいな生活は、おそらく無理だろう。太陽に合わせて生活するしかないからね。早起きとか早寝というコンセプトは、太陽がなかったらないだろうな。

「ヨガをやっている人は早起き」というのは都市伝説で、ヨガを練習していたって、ほっておいたら夜型になるのは仕方ない。早起きが気持ちいいのは分かっているけど、実践できないことは沢山あるのだった。

そして、夜更かし癖がつくと、早寝ができなくなる。寝たい時間になっても、眠くならず、どんどん夜更かしになり、早起きできなくなる。「早起きできない」とは、「早寝できない」ということなのだ。

でも、同じ時間起きているなら、体が心地いい時間に起きていたいのが、本当のところ。体を大事にするというのは、ヨガで学ぶことの中でも、最も大事なことの一つだし。何時に起きて、何時に寝る。そんなことでも、丁寧に考えないと。

試しに、今日はテレビもスマホも見ないで、いつもより30分早く布団に入ってみるのは?もしかすると明日、30分早く目が覚めるかも。そして、早起きが本当に気持ちいいのか確かめてみたら?(何でも自分で確かめないとね。)もしかしたら、写真のEriko先生みたいに、朝から元気な自分を発見できるかも。朝ヨガ行くのはその後よね。